鳥取県鳥取市鹿野 NPO法人 いんしゅう鹿野まちづくり協議会

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「楽園的絵画」エピローグ

2010-09-01

鹿野にとっても、そして、作家の三人にとっても、初めての試みでした。

手探りの中で、準備をスタートし、実行委員会が立ち上がり、会議を重ね、尾道とのやり取りを重ね、もぐら叩きのように次から次に出てくる問題とその度に向き合いながら、展覧会終了まで走りました。

長時間続いた会合、キャパをはるかに超えるボリュームのイベントの数々・・それでもスタッフのメンバーは本当によくやってくれました。燃え尽きた代償か、“終わった”“やりきった”という実感がまだ持てずにいるのが正直なところです。

これだけの濃密な時間を共有し、様々な経験をした私たちは、これからゆっくりと確かな足取りで歩んでいくのだと思います。どんな風に歩んでいくのかは時に委ねたいと思います。

 

29日にお世話になった方々を訪問し、感謝の気持ちをお伝えし、そして、その方々の生の声を頂戴しました。

 

「ここはこうした方がもっとよかった。」

「私はこういう絵画の方が好きだ。」

「年配の方にとっては抵抗があるかもしれない。」

「鹿野には合わないと思う。」

 

もちろん、その中には厳しいご意見もありました。

しかし、素直にどのご意見もうれしく、大切にしたいと思いました。それと同時に、周りの皆様が外から見た客観的なご意見は財産だと感じました。

そのように意見して頂けるということは、無関心ではないということだからです。もしかしたら、点での接点にすぎなかったかもしれませんが、そこにはその方の考えた・感じた跡があったということだろうと思いました。

 

ある芸術家とお話していた時に、こんな話を聞きました。(かなりキャリアを積まれている方でした。)

“人に媚びた時点で、その作品は終わる。作家自身も終わる。”

レジデンスを振り返ってみて、彼女たちは自分に正直に、自らの目と耳、肌で感じる空気、身ひとつを頼りに表現してきました。

作家の三人には、それぞれにいい仕事をしてもらったと感じています。短い制作期間ながら、集中して制作に没頭していました。

それでよかったと感じています。

 

ただし、鹿野で行う意味はどこにあるのか。その部分に関して、十分な検討が必要だと感じています。

作品と作家と地域と観客をつなげること。大きな課題が残りました。

私たちは、鹿野と芸術家両方の想いを大切にしたい。そう感じてきました。彼女たちの瑞々しく、生命の躍動するその眼差しや動きは、私たちに衝撃を与えました。

そして、彼女たちは、鹿野の土地、またそこに住まう人々との交流の中で、鹿野を好きになってくれました。

具体的な成果を求められたなら、修飾する事柄はいろいろありますが、展覧会の構造を説明するとこの二点に集約される気がします。

 

空き家活用等、今後このプロジェクトから広がりを持っていくことと思います。

どんな時でも、私たちは大切にしたい人や場所を想い、自然体でありたい。そう願います。

 

この楽園的絵画と出会って下さった皆様、本当にありがとうございました。

 

鹿野より愛を込めて。

 

楽園的絵画実行委員長 前田瑞季

 

最終更新日:2022年6月2日